旭ヶ丘団地の概要

所在地:大阪府豊中市旭ヶ丘

入居開始日:昭和33年4月〜11月(1958年)

棟数:105

戸数:1493(賃貸)、110(分譲テラスハウス)、112(分譲第2団地)

 

千里ニュータウンが近いこともあり影が薄いのか、ネット上には旭ヶ丘団地の情報がほとんどありません。ネットとデジカメが本格的に普及する前(1995年から1999年)で立替が終わってしまったのが一因だと思われます。

<団地ができる前の付近の様子>

 団地建設前は田畑と竹やぶが広がる丘陵地帯で果樹園などがあったそうです。近隣の桃山台は明治ごろまで桃の栽培が盛んでしたが病害虫の被害を受けて以降、桃栽培は廃れてしまったようです。また、分譲団地のあったところには「江村邸」という農園があり作家 三島由紀夫の祖母が住んでいました。三島由紀夫の小説「愛の渇き」の舞台になっており、阪急岡町駅から旭ヶ丘まで歩いてゆく情景や団地の南に広がる大阪市霊園に関する風景描写が出てきます。小説の執筆にあたり三島由紀夫はこの地域を歩いて調査したそうです。


四角の赤枠は集会所です。赤丸は給水党です。

PL=play lot は公園です。他の案内図でPLの箇所がカレーと書かれていた記憶があるのですが今となっては記憶違いなのか悪戯なのか調べる術はありません。

 この看板、星型の6棟と4階建ての37棟が抜けています。この看板だけの抜け落ちなのか団地内全てなのかは分かりません。

 

上の案内図を建物の形式ごとに色分けしてみました。

星型(スターハウス)のあった場所は払い下げられ一戸建ての住宅が立ち並んでいます。独身住宅、市場、分譲のあった区画は民間マンションに変わりました。分譲テラスハウスは一部が残っています。市場には青葉というスーパーがあり、他にも文房具屋、米屋、喫茶店、肉屋、手芸用品屋、散髪屋、郵便局がありました。立替後は図中23棟の場所にできたイカリスーパーの横に移転しました。青葉は旭ヶ丘から消えてしまいましたが隣町の夕日丘と千里ニュータウン内で営業しています。

 

画面中央右よりの泉丘小学校創立20周年記念で撮影された空撮写真。 1993年撮影

グランドに隣接する赤い屋根(中央集会場)の南に青い屋根のプレハブが建っています。これは翌年から始まる立替工事の事務所です。

 

1999年当時の団地地図。古い建物はスターハウス、テラスハウス、独身棟が残るのみとなりました。

 

第一次エリア完成時の折込チラシ

住宅・都市整備公団は現在、UR都市機構に名称が変更されています。

 

チラシ裏面

 

                               広報豊中1999年5月号より

広報豊中で取り上げられた旭ヶ丘団地と江村邸。江村邸の写真はこの写真しか見たことがありません。

 

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作成:2013年5月4日

 

 

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